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株鳥風月

Author:株鳥風月
2003年より株式投資を始める。
詳しくは「はじめに」をご覧ください。

趣味:映画、音楽、読書など


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相互リンクのご紹介

最近、4人の方に相互リンクしていただきました。
簡単に皆さんのブログを以下に紹介します。
良かったら、ぜひ寄ってみてください。


■ブログ「株風」さん

「寸鉄、人を刺す」という言葉がふさわしい、短いけれど鋭い言葉が読めます。
それなのに、なんともいえない、ほわっとした暖かさがあります。

と私がいっても何のことやら分からないでしょうから、株風さんのキャッチ・コピーを見た方が早いですね。


ブログ株風では
   長期投資というものが
   本当になりたつのかどうかを
   実験しています
   カブカゼ心得 「桃栗3年、柿8年、株10年」
   カブカゼ信念 「世の中をよくする、投資は投票、消費も投票」


ね、良い味、出してんでしょ?

そして「今日のメモ」ではニュース、ブログなどから新鮮な面白い記事を紹介しています。

株で疲れた人、ほっとしたい人はぜひ一度、訪れてみては?



■ブログ「サラリーマンが株式投資で年収一千万円」さん
投資家暦15年。相場が荒れた2006年こそマイナスだったものの、それまでプラスを出し続けた敏腕トレーダーです。

相場の動きを的確に読み、状況に応じて買いと売りを繰り出し、読みが間違ったとすれば、すばやくロスカットでリスクを最小限に抑える。

こうした着実なトレードを続けることでリターンを積み重ねていく…。

株式投資を続けようとする人なら、この人から学ぶものがきっと大きいと思います。

ぜひ立ち寄ってください。



■ブログ「投資信託って儲かるの?」さん

ブログ・タイトルそのもので自らを実験台として、いろいろな投資信託で資産を運用しての結果を日々公開しています。

投資信託をこれから始めてみようかなと思っている人にはとても勉強になるし、すでに始めてい人にも自分の道しるべとして“使える”ブログだと思います。

「株式投資は恐いから投資信託を」と思っている人にはきっと役立つブログです。

投資信託については、情報量の多いサイトやブログは他にもたくさんありますが、私たちがこのブログから学ぶのは、本人が実際に自腹を切って、真剣に投資信託に立ち向かっている真摯な姿勢です。

株式投資も投資信託も、最後はここにかかってくるのだなと思います。

投資信託をしている人もしていない人もぜひ覗いてみてください。



■ブログ「がけっぷち投資家のつぶやき」さん

割安株からデイトレまで、さらにはIPOも株主優待にだって果敢にチャレンジする投資家です。

ブログ記事は日々の市況とトレード記録が中心です。

トレード日記というブログは数多くありますが、この人は相場をマクロ、ファンダメンタル含めてよく見ています。
文章が短いのに的確に相場を描写する力を持っている人です。
一読すれば、相場状況をざっと知ることができます。

投資についての、ただの知識に終わらない貴重なものを、ここから私も学びたいと思っています。
そして、いつも心の中で「いっしょにがんばろう」と思っています。

何だかそんな気持ちさせてくれる人です。

あなたも応援してください。


*それぞれのブログには右サイドバーの「リンク」からどうぞ!



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【後記】
*今日の日経平均は15000円台に戻し、ようやく下げ止まったようですが、ただ反転までもっていくエネルギーはあまり感じられませんでした。
このまま明日も続けばいいんですが…。


*上で紹介させていただいた方は、いろいろなブログを覗いて私なりに選ばせていただいた良ブログばかりです。
私のブログに来た際にはぜひ寄ってみてください。
「お前のところには行かないけど、直接あっちに行くよ」ですか?


まあ、それもあ・・・り・・・で・・・す・・・け・・・ど・・・(涙








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げっ、1ドル=114円!

私は自分の目を疑ってしまった!

yahooファイナンスでドル=円レートを見ると、1ドル=114円になっているではないか?!


ところがチャートを見ると、1ドル108円あたりになっています。

いったい、どうなっているのか?!

私はこう考えました。

何かがあってドルが急騰したに違いない。ところがこのチャートは日足だから、まだこの急騰が表れてないのだと。

では、いったい何があったのだろうと私はニュースはもちろん、ブログから米yahoo finance まで、いろいろ探してみました。

ところがそれらしきことがまったくといっていいほど何も出てない…。
唯一、どこかのブログの方が「1ドル=114円! どんだけ~?」と叫んでいたような…。

1時間ほどかけて探してみても、あったのはそれだけです。(私の耳には「どんだけ~」というフレーズがこだまするばかり…)


では、yahooの間違いだったのだろうか?

これは、私の幻覚などではなく、yahooの間違いだという証拠のためにドル円チャートを保存しました。

ところが、少し後に確認のため、この画像を見てみると、チャートだけしかなく、「取引値114.○○…」という部分が欠落していることに気がつきました。

しかたなく、もう一度、画像を保存しようとyahooに行くと、何と…(↓画像)

071126ドル円4

(クリックで拡大)

この時にはすでに「取引値」はもう108.2円に修正されていたのでした。


ここまで、読んで皆さんはどう思われたでしょうか?

「昨日の「サンデー・プロジェクト」では榊原元財務官が為替は今後、1ドル100円割れまで行くだろうっていっているときに、さすがに114円はねーだろ?」

「それって、結局、風月が寝ぼけてだけだろ?」


そう来ますか?

いや、そう来てもおかしくないです。

でも私には反論する術(すべ)がない…。


「あ~あ、風月、ボケちゃったよ!」という声が聞こえてきます


私、痴漢じゃないですが、

「それでもボクはやっていない」~!
(この声、リフレインしながら次第に小さくなっていく…)



って、ここで終わったらミステリーじゃないですよね。(ま、これ株ブログだからミステリーでなけりゃいけない理由はないんですが…)


ところが私には証拠がある!

ふっふっふ…

あるんです!

さっき私をバカにした人、反省してもらいましょう。

↓を見てください。
071126ドル円5



これ、たしか読売かasahi.comかのどっちだかで見つけたものです。

どうです。すごいでしょ?

いきなりドルは114円まで急騰してます日付もちゃんと見てくださいね。

これってプレミアムもんでしょ?



でも、これが間違いだったなんて。


おかげで私は朝の4時まで寝ることできませんでした。


結局、今日の記事は何にもなかったといってるわけ?っていわないこと、そこのあなた!


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【後記】

でもいったい、この間違いって何だったんでしょうか?

1社だけでないとすれば、どこかソースの方で何かのミスがあったんでしょうが、それはいったい何だったのか…?

と考えていると、また眠れそうもないです。


あ、そういえば、あの幻の「114円」でドル売りポジション外した人いるんですかね?

加えてドテン買いとか…

もしいたらご愁傷様です。

では、お休みなさい!

人は先天的に善なのか、悪なのか?

人は先天的に善人である(性善説)、いや、先天的に悪人である(性悪説)という論争は孔子の頃から行われているので少なくとも2500年くらいは続いているのでしょう。

今日、見たニュースはこの論争に決着をつけるかもしれません。


「【11月22日 AFP】「赤ちゃんは、他人を妨害する人よりも、助けようとする人を好む」との研究結果が、22日発行の英科学誌ネイチャー(Nature)に発表された。


 大人にとって、他人への接し方からその人を判断するのは必要不可欠な能力だ。今回の研究は初めて、言葉を話す前の赤ちゃんにも同様の判断能力があると結論付けた。また、この能力は成長過程で獲得した生き残るためのスキルで、道徳的な思考や行動の基盤になる可能性があるとしている
」として以下の実験を紹介している。



「米エール大学(Yale University)のカイリー・ハムリン(Kiley Hamlin)氏率いる研究チームは、生後6-10か月の赤ちゃんを対象に、3種類の実験を行った。


 1つ目の実験では、まず赤ちゃんたちに、木製の人形が丘を登ろうとする様子を見せた。なかなか登れずにいるところに、別の2つの人形が登場。1つは木製の人形を押して登るのを助け、もう1つは丘の下に突き落とし、登るのを妨害した。その後、あとから登場した2つの人形から1つを選ばせると、80%の赤ちゃんが助ける人形を選んだ。これは、助けた人形に対する「賛同」だと研究チームは指摘する。


 2つ目の実験で、この結果がさらに確実なものとなる。登山していた人形が、助けてくれた人形と妨害した人形のそれぞれに近づく様子を見せたところ、妨害した人形に近づいたとき、赤ちゃんたちは驚く様子を見せたのだ。


 3つめの実験では、特徴のない人形を新たに加え、助けた人形と特徴のない人形、妨害した人形と特徴のない人形からそれぞれ1つを選ばせた。すると、赤ちゃんたちは助けた人形、特徴のない人形をそれぞれ選んだ。


 研究チームは「『この実験は、言葉を話す前の赤ちゃんが、他人への接し方から個人を判断することを証明している』と結論付けている。(c)AFP/Marlowe Hood 」



まだ社会的判断力のない幼児が人助けをする人を好ましいと判断したということ、これは性善説を証明したようなものではないでしょうか?


こんな話を思い出しました。


ある未開民族社会では、大人も子供も老人をいじめるそうです。
というのは、それがその村の「善」だから。

どうしてそれが「善」なのかというと、経済的に非常に貧しいので労働力の衰えた老人がいなくなれば(=死ぬこと)、食い扶持が減って村の経済は助かるという構造があるからなのだと。

ここでは、子供がおじいさん、おばあさんをいじめてしまうというのがショッキングなところですが、ただそこには「経済」という媒介項が入っています。

つまり善悪を形作るのは経済のようです。


先ほどのニュースとこの話をつなぎ合わせると、人は先天的には善人だけれど、成長する過程で経済的要因によって性悪にもなり得ると。



最近のニュースによると、防衛省関係の人々がいろいろ金銭がらみの「悪い」ことをしているようですが、この人たちは「悪(ワル)」だから、こぅしたことをしたのではなく、カネ(経済)によって悪人になってしまったと考えることもできるかもしれませんね。

しかし、もちろんカネはかならず人を「悪」に導くというものでもなく、うなるほどカネを持っていても善人の人もいます。

先ほど子供が老人をいじめる村を紹介しましたが、こちらの町では、老人が子供のために無償の「善」を行っているようです↓


「現金10億円どーんと寄付 神奈川・大磯町の88歳女性


 ふるさとにどーんとビッグな恩返し-。神奈川県大磯町の横溝千鶴子さん(88)が米寿の誕生日を迎えた16日、「教育やスポーツ振興に役立ててほしい」と生まれ育った同県南足柄市に10億円を現金で寄付、市役所で贈呈式が行われた。

 市役所3階の会議室にピラミッド状に積み上げられた10億円は、1000万円の束が100個で、重さは約100キロ。市の本年度一般会計予算の6・7%、教育費の約53%に相当するプレゼントに職員らは思わず顔をほころばせた。

 横溝さんは旧南足柄村の出身。教育者の両親の元で育ち、戦後、高校教諭などを務めた後、夫(故人)と調理場設備関係の会社を興し成功した。1999年にも地元の大磯町に5億円を寄付し、障害者福祉施設の設立にかかわるなどしてきた。

 贈呈式で横溝さんは「ふるさとに恩返しできたのは人生最大の喜び。子供たちの教育のため、命ある限り続けたい」と穏やかな笑みを浮かべた。

2007/11/16 12:34 【共同通信】 」



横溝さんは巨額の財産を家族、親戚には残さないようです。
そんなことをすれば人間がダメになるからというのが、その理由だそうです。
さらには、一切無駄使いをせず、モノは大切に、壊れるまで大事に使うとのこと。

一方にカネの魅力に飲み込まれ、カネに支配されてしまう人がいて、もう一方にはカネの魅力などには一切、振り向きもせず、カネを支配し続ける人がいるようです。
例えれば、どうしようもない酔っ払いと、良い酒飲みみたいなもんでしょうか。

私もこうしたお金持ちになりたいものです。


話を元に戻せば、まあ、私自身は性善説を取りたいです。
そちらの方が気分がいいからという理由で。

ちょいモテ男(猫)になった猫の話

仕事を終えての帰り道、小道の脇の草群に首を突っ込み、興奮でハフハフしているる犬を見かけた。

飼い主らしき中年の女性は犬の興奮が冷めるのを待つしかないという風情で手持ち無沙汰そうに立ち尽くしているのを見て、子どもの頃、猫を飼っていたことを思い出した。


野良猫に餌をやっているうちに住みついたようで、すぐにいなくなってしまった猫もいたり、中には気がつくと数件先の家の縁側に、いかにも、この家の飼い猫で~すというように澄ました顔をしているのを見たりしていたので、どちらかというと和食中心の我が家のヘルシーな食事は猫たちの好みに合わなかったようだ。

それでもダイエット志向の猫もいたようで、そんな一匹が我が家に住みついた。

子猫だったからという理由でその名をチビと名付けた、そのあまりに安易で脱力的な命名からも想像できるように、我が家はおよそペット愛好家とはいいがたい家族だった。

夏目漱石家の猫に名がないとしても明治時代のことだから許されるだろうが、等しく人権の与えられているこの現代ならば、猫の中には、もう少しセンスの感じられる名前をつけるべきだと主張する猫が現れてもおかしくないだろう。

それでもこの猫、チビは名前のことも食べ物のことにも何も不平不満を漏らさず、と書こうとして、いや、彼(オス猫でした)にもやはり不平はあったようで、時々、呼んでもシカトするとか、食事を出しても鼻もひっかけないという反抗的な態度を取ったのは無言のデモンストレーションだったのか、それとも思春期特有の反抗期だったのか、今では知る由もないけれど。

ともかくもそんな風にわが家に居着いたチビもそれなりに家族にも馴れれ、家族の者もこの猫に馴れていったと思っていた。

馴れると、そこにはもはや言葉の壁も、人種ではないから、動物種というべきなのか、そんな壁もなくなったのはいいこととして、それは同時に、家族の一員として親密さと同時に兄弟喧嘩の絶えないいささか野蛮な日常性の中に放り込まれることをも意味したから、ペットなどという甘えの許されぬわが家においては、野良猫にとっては野山以上のサバイバルな場所だったかもしれない。

一般的に、飼い猫は飼い主やその家族に時々、スリスリしたり、猫撫で声を出したりして媚を売るという労働の対価として餌を得るというのはどんな経済学の本にも書かれている初歩的なこと(嘘かもしれない)だろうが、ただ、どのような媚びがどの程度の対価として返ってくるのかということについては経済学者とキャバクラ嬢との間で論争が繰り返されており、この難題は経済界の「フェルマーの定理」とも呼ばれているようだ(嘘かもしれない)が、ただ対価(つまり料金のこと)は媚び(の質と量の総体)と等価交換の関係にあるという点に関しては両者は意見の一致を見ているようだ。

ただ、これには一般市民(と名乗る男たち)から、やれ「ボラれた」とか「ボッタクリだ」と等価交換を否定するような発言が相次いでいるところからも、法務省も問題を放置しておくわけにもいかず、実地検査のため、幹部自らが連日、キャバクラやクラブに繰り出しているというから、いくら職務とはいえ、楽しくもない酒や女と戯れなければならないのだから、ホントに頭が下がる思いがする。

この話にはまだ続きがあって、この話を聞いた厚生度労働省では、労働問題である以上はこれはウチの管轄だと主張し、こちらの省でも連日、キャバクラへ繰り出したところ、これは公正な取引が行われているかどうかの問題である以上、これは公正取引委員会の問題に決まっているではないかと某委員以下、相当腹が立ったようで、その怒りをキャバクラにぶつけようではないかとこちらも連日繰り出せば、キャバクラとはどこにあるのか? 何、陸地にある? とすればこれは陸上自衛隊の管轄に決まっておるではないか、もし武力もない他の省庁に遅れを取るようなことがあれば陸上自衛隊のふがいなさを全世界に証拠づけてしまうことになるから絶対に一番乗りせにゃならんと某隊長からの命令が出され、例のキャバクラXには朝霞及び習志野駐屯基地から戦車、装甲車数十台が出動したものだから、大変な騒ぎになったのは記憶に新しいところ(というか今、知ったような)だが、こうした各省庁間が争っていたのでは示しもつかないし、何といってもこれは男女がらみの問題だとして男女共同参画会議を所掌する内閣府及び小泉内閣総理大臣が最後に登場しようとしたところ、最後に出てきて一番良い席を取ろうとするのは問題ではないかという諸省庁からの批判に、「いや、私は一政治家として、一国民の一人として女性に対する敬意の気持ちを持ってお店に入ろうとしているだけだ」と反論したところ、「首相の特権乱用では」とか、「相手省庁の気持ちも考え慎重に行動すべきだ」とか、果ては「では、このキャバクラを二つに分けてしまったらどうか」といった意見も出されたが、「いや、これは心の問題、私の信念だ」と一切取り合わなかったとか何とか…。

いや、話が少し見えなくなってきたようだ。話を元に戻そうではないか、諸君!

つまり、まあ、こんな話はどうでもいいのだが、要するに人間世界では常識となっている等価交換がわが家の猫にはまったく適用されなかったために、たかだか猫まんま一杯といった貧しい成果を得るために、このチビ猫は多大な努力を払うことになったのだったが、しかしそのために媚を売ることにかけてはそんじょそこらのキャバ嬢、彼はオスだったので、ホストというべきか、ともかく区袋あたりのホストなど足下にも及ばないような媚を売り方を極めたので、界隈では知らぬものさえいないちょいモテ(猫)男になったのだったが…。
(続く。か続かないか、私の気持ちは猫の目のように変わるので…)

【後記】
昨日の株の話の続きはどうなったのだ!?という怒りの声が聞こえてくるような。
そして、どうしていきなり猫の話なのかといわれても、今日の夜、仕事の帰り道で見かけた光景がなぜか消えなくて…
それを少し書き止めていたら、どんどん逸れていってしまって…。
なんでだろう。。

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自民党総裁候補安部氏と新経団連会長御手洗氏 この二人に独創性はあるか?

安部晋三官房長官が自民党総裁選への出馬の意向を発表した。
去年までは独走していた世論調査での人気が今年に入ってから落ち始め、逆に福田氏の人気が上がってきたことへの焦りもあり、「小泉離れ」を打ち出し、独自色を早めに鮮明にする狙いからだろうと新聞は報じている。

脱小泉を明確に意識したと思われる発言は「勝った人、負けた人が固定されず、誰にでも何回もチャンスがある社会にしたい」という言葉。
これはもちろん小泉政権は格差を拡大させたとの批判の声を意識したものと思われる。

安部氏が出馬意向を明らかにしたその日、キヤノンの御手洗氏が前奥田会長に代わって経団連の新会長に就任した。

御手洗氏は「新興国が追いかけてくるなか、コンペティティブ・エッジ(競争力の格差)を常に保てる産業立国をつくりたい」と述べた。
また競争を土台にしつつ「誰もが競争に参加する機会を得られ、敗れた人が何度でも再挑戦できる社会が理想」とも語っている。

ここまで読めば誰でも不思議に思うだろう。
安部氏の「負けた人が固定されず~何回もチャンスがある社会」、御手洗氏の「敗れた人が何度でも再挑戦できる社会」。
こうまで同じようなこといわなくてもいいのではと思ったのは私だけではないだろう。

まあ、そのいっていることがよほどすばらしいことならみんなが同じようにいうのもありだろうが、再挑戦できる社会って、自由競争を旨とする資本主義社会なら当たり前のことで、別に彼らが保証してくれなくたって、再挑戦したい人は勝手にそうしているだろう。

一方は小泉離れ、もう一方は奥田離れを意識し、独創性を打ち出そうとしての結果がこうなのだから、もうすでに彼らに独自色もコンペティティブ・エッジはないのでは。
まあ別に期待するものもないけれど。

とはいえ自民党総裁(=ほぼ首相)と経団連会長といえばまさに日本の政財界の代表そのもの。
その二人がどこかで見たような凡庸なことしかいえないというのは、これからの日本の将来を暗示しているのだろうか?

小説『笑う招き猫』を読んで笑ってる場合ではない

面白い小説を今、読み終えた。
何か面白いものないかと探しているあなた、この小説でも読みなさい。
どんな話かって?
しょうがないなあ、じゃあ簡単に教えます。ってちょっとだけですよ…

駆け出しの女漫才コンビがやりたい放題!
しゃべって泣いて笑って、ついには唄まで歌いだす…

どう? だいたいのイメージ、つかめました?

実は、これ腰巻のコピーをそのまま書き写しただけですが…。

でも、よく書かれていて、ほんとにそのとおりで、これ以上、つけ加えることがないくらいです。

で、何が面白いかというと、アカコとヒトミという二人が漫才師になろうとお笑いの世界に出ていくところを面白く、ときにはちょっぴりほろりとさせるような話なんですが(何だか長いだけで、さっきの本の腰巻より要領悪いですね)、読み終わるころには、すっかりこのふたりのコンビのファンになってしまっているでしょう。

別に目新しいことも、変わった趣向もあるわけでもないのに、なぜかいいんですよね、これが。
笑って、泣けるっていう言い方ってあまりにも陳腐ですが、でもこんな言葉しか思いつかないほど、読者をおばかにしてしまう小説です。


今、少し分かりかけてきたんですが、この小説の良さは小説の良さではなく、主役二人の関係がいいんです。この二人の関係に読者は嫉妬さえ覚えかねない
それくらい、登場人物が生き生きと描写されていて、読んでいるうちに、まるで実在のお笑い芸人のような存在感を持つようになってくるんです。

でも女二人の物語って、どうして良いものが多いんでしょうか?

映画で女二人といってまず思い浮かぶのは「テルマ&ルイーズ」。
何も変わらない日々の生活に退屈した二人の女が家を出、旅に出る。この旅は彼女たちを解放させてくれるが、そのうちに強盗までするようになり…。
このストーリーは映画「俺たちに明日はない」にもなった実在の強盗ボニーとクライド)の悲劇を女二人に変えたものといっていい。
後半になるにつれて次第に追い詰められていく二人が切なくなってくる良い映画でした。

監督はあの「ブレード・ランナー」や「エイリアン」をはじめ「グラディエータ」や「ブラックホーク・ダウン」などを撮ったリドリー・スコット。いつもはSFやらアクション中心のこの人がどうしてこんなに繊細で、女の悲しみにピタッと寄り添うような作品が撮れたのか不思議だった。

そして、「テルマ&ルイーズ」の強盗の部分を強調し、女の暴力を全開させたのが「ベーゼ・モア」。
この映画の二人は男とセックスしては殺しまくるという極悪非道の女。フランス本国では、あまりにも過激だということで上映禁止になったというが、そうした表面的な過激さの裏腹に彼女たちの行動には心に残るある種の悲しみがあった。

以上2本の映画の女たちは友情や連帯感でつながっていたとすれば、恋とか愛といった方がふさわしい関係にある女たちもいる。

「翼をください」は全寮制女子高での二人の話。
反抗的で少年っぽさを持つポーリーは優等生のトリーに友情以上の思いを抱いている。周囲から「レスビアン」といわれるのに恐れをなし、トリーはポーリーから離れようと、ボーイフレンドをつくる。トリーに去られたポーリーの悲しみが切ない。

彼女たちの間に芽生えた感情はレスビアンとは少し違うものだろう。思春期の同性への甘酸っぱい恋のような思いが一転して毒を含んだ苦いものに変わる。この映画も最後があまりにも悲しい。

レスビアンが同性への愛だというなら、性同一性障害を持つ女性が女性に恋してしまうことを何と呼べばいいのだろう。

「ボーイズ・ドント・クライ」でそんな女性を演じたヒラリー・スワンクはこの作品でアカデミー主演女優賞を獲った。(そして今年、二度目の主演女優賞を獲得した。)
恋人(女性)に接する時のヒラリー・スワンクは少年のような初々しさと繊細さを見せてくれた。しかし、やはり結末は悲しい。この映画は、主人公が経験したことをまるで自分が追体験したかのように衝撃を与えてくれた。

でも私がもっとも好きな女二人の映画といえば「カリフォルニア・ドールズ」だ。
監督は「何がジェーンに起こったか」、「特攻大作戦」、「ワイルド・アパッチ」、「北国の帝王」、「ロンゲスト・ヤード」などを撮ったロバート・アルドリッチ。

「カリフォルニア…」はこれまで見てきた映画のように悲しい話ではない。二人の二流女子プロレスラーがマネージャーと3人で旅から旅へと巡業するという一種ロード・ムービー的な話。アルドリッチ作品だから面白くないはずがない。

いつもは汗臭い男の映画を撮ってきたアルドリッチが珍しく女の映画を撮った、それも傑作といっていい映画を撮ったと思ったら、これが遺作になってしまったのが悲しい。

女二人の映画は決まってどこか悲しいところがある…。


最後にもう一つ思い出したのは「下妻物語」。
これも女二人の物語で、ここには悲しみという要素はあまりなく、その代わりに女同士の友情というのがあった。
この「友情」の面白さは一方が熱く、もう一方が冷めているその温度差にあったかもしれない。

「笑う招き猫」の女二人の関係は、これに近いかもしれない。

面白くて切ないといえばいいのか…。

この小説、映画化すればきっと面白いと思うんですが、でも誰か撮らないですかね?

成長をめぐる話

ブログを毎日更新するってけっこうしんどいことですね。

ということで今日は先週木曜以降のことを日記風に書いてみます。

2月9日(木)
「北斗の拳」文庫本で全15巻読了。
やっと読み終えた。これを全部読んだのは別に面白かったわけではなく、貸してくれてたH君への義理だったか、ただの勢いだったのか?
それにしても『北斗の拳』というのは長編なのに主人公が成長しない物語だったんだなあと思う。

例えば、『サラリーマン金太郎』(今、たまたま目の届くところに積まれているのが見えたから挙げただけですが)や『のだめカンタービレ』(これは先週、たまたま読んだばかりなので挙げただけですが)にしても、主人公は少しづつ成長していくのに対し、ケンシロウは『ドラゴンボール』のようにパワーアップするわけでも、女性観が深まるというわけでもなく、ただ次々に現れる新たな敵を倒すことを自らの使命というのか、仕事のようにというのか、それを淡々とこなしていく物語なのだけれど、といってそこには『ガラスの仮面』のように使命や仕事を通じて主人公の内面が成長していくという要素が徹底的に排除されていることが、物語としての面白さを減じていることが気になってしかたなかった。

これを貸してくれた職場のH君に、そんなことを話したら、「そんなことないですよお。ちゃんと成長してますよお」と口をとんがらせて抗議されたし、その付近にいた二人ほどは、「あれって泣けませんでした?」ともいうので、私の読み方が不足していたということなのかもしれない。

しかし、その夜、映画『プライドと偏見』を観て私は物語の面白さを堪能した。

この映画は今年、観た中では一番、良かった(といってもまだ20本も観てないが…)。
物語は19世紀のイギリス郊外に住む、嫁入り前の5人娘を抱える一家が舞台となるのだけれど、ヒロインのキーラ・ナイトレイはある冷淡そのものと見える貴族の男に反発し、やがて惹かれていく役を見事に演じた。

「演じた」といっても、アメリカ映画のように、これ見よがしに観客に押し付ける演技ではなく、かといってロベール・ブレッソンほど慎ましいわけでもなく、ほどよく演技という枠に収まったキーラ・ナイトレイはきりりとして、それでいてきらきらとした女性を演じて十分に魅力的だった。

後でフィルモグラフィを見ると彼女はこれまで『スター・ウォーズ エピソード1』、『穴』、『ベッカムに恋して』、『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』に出演しているとのことで、とすると私としては『穴』以外のすべてで彼女を観ているはずなのにまったく記憶がないというのはどうしたものなのか?

ということは別にしておいて、この映画の面白さの一つをいえば、1人の男と女が出会うことによってそれまでの自分を変えていく、というより変わってしまう自分に驚くほかないというところにあるように思える。

これは長編ではないけれど、その中にたしかに、“成長”というキーワードが隠されていて、それが面白さの一端を担っていることに気づいたとき、『北斗の拳」の物足らなさが少し分かったような気がしたのだった。

2月10日(金)
映画「THE 有頂天ホテル」を観る。
三谷幸喜の作品は1991年の『12人の優しい日本人』以来、5本以上は観ていると思うが一度して感心したことがなく、失望の連続だったといえる。それでも観続けるのは、もしかしたら今度こそはという期待があるからなのだが…。

今度は面白いという評判につられてまたも映画館に足を運んだのだが、なぜあれをフィルムというかたちで表現しなければならないのかという疑問に、映画はまたしても答えてはくれなかった。

三谷の狙った笑いはすべて理解できても、ただ笑えなかったのは私の努力、あるいは度量が足りなかったせいなのか。
それにしても三谷幸喜に舞台との違いを理解する映画監督へと「成長」してもらいたいと願うのは私くらいしかいないのだろうか。

2月11日(土)
小説『イン・ザ・プール』(奥田 英朗著)を読む。

前作『空中ブランコ』に続く伊良部シリーズ第2弾(短編集)。
主人公伊良部は相変わらず独善的・幼児的・変態的精神科医として絶好調だ。
前作では、不完全燃焼だった作品も含まれていたように記憶しているが、今作品はまったく揺らぎない。

伊良部という男は「成長」しない男だ。それは彼が幼児的・マザコン男だからという設定によるだけでなく、短編小説の主人公であるという説話論的位置からやってくる。
つまり彼は二重に「成長」を禁じられている。
そして、この小説の面白さは「成長」を断念したところから来る。

前作『空中ブランコ』は直木賞を受賞してしまったのだから、作者としてはこのシリーズに少しは文学的・精神分析学的な要素や(今回作品に少し垣間見える)社会性などを加味したいところだろうけれど、そうした色気こそがいつも小説をつまらなくしてきたということくらいの知識は持っていそうな作者奥田英朗にはぜひとも“くだらなさ”にこだわり、そこに踏みとどまってもらいたいと思う。

もう一つ付け加えれば、ちょっと恐い看護婦マユミさんは今回、少し彼女の私的領域に言及する部分があったが、1ファンとしては、もっと登場場面を増やして欲しいという気持ちと、これ以上露出すれば(誤解のないように付け加えれば、登場場面がという意味で、白衣のボタンをもう一つ外してもらいたいなどという意味では断じてない)あのキャラが崩壊してしまうのではないかという恐れが交錯しているけれど、やっぱりもう少し登場してもらいたいと願う。

2月12日(日)
もし、ここまで読んでくれた読者がいたとして、この当たりで、「どうしてこれが『「株式投資のココロ』なのだろう?」とふつふつ沸き起こる疑問に対する緊急処置として、昨日、読み始めた『株価4倍 割安成長株で儲ける収益バリュー投資術』(角山智著)という本の「成長株」という当たりでごまかそうと思いつく。


ただ、この本で面白いのは、ある銘柄の「成長」性の判断よりは、割安さの判断としてのEV/EVITDA倍率や「真のPER」などの説明にあるといっていい。

割安さの指標といえば代表的なのはPERであるが、その問題点として、

①景気循環株に適してない。
②成長株に適してない。
③パフォーマンス的にもEV/EVITDA倍率やPCFRなど他の指標に劣っている。 

という点を挙げて「PERを卒業しよう」と呼びかけ、それに変わる指標としてキャッシュフロー、EV/EVITDA倍率や「真のPER]「バフェットの利益率」を挙げ、それについて説明しています。

キャッシュフロー、EV/EVITDA倍率の説明は入門書の域を出るものではありませんが、私自身としてはPER、EV/EVITDA倍率、真のPERという3つを比較したところに興味を覚えました。

もう寝る時間が来たので、これについては明日以降、また書きます。

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