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株鳥風月

Author:株鳥風月
2003年より株式投資を始める。
詳しくは「はじめに」をご覧ください。

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投資法について思うこと

日経平均は今のところ、コメント欄の@@@さんも私も予想可能な範囲で進んでいますね。

ところでこのブログで毎日の動きを追うことにそれほど関心があるわけではありません。

わたしが今、すごく関心を持っているのは、これは仮題ですが「株式投資理原論」を書くということです。

最近、カフェで本を読んでいても(今日は中原みすずの『初恋』買って読んでました)、電車の中で新聞を読んでいても、家に帰ってGyaOdeでアニメ版『ガラスの仮面』を見ていても、そんなことを考えてしまいます。
断片的にはいくつか思うことがあるのですが、一番大事な実践編がまるでできていない…。
その解はいくつかのものをどう<つなぐ>かにかかっているということは分かっているのだけれど…。

とまあ、こんなことを考えているうちに、何も完成編だけが意味を持っているわけではなく、その考えのプロセスそのものにも少しは意味があるのではないかと思うようになりました。

今日も本屋で株本関係の棚をずっと見て回りましたが、雑誌やムック本で多いのが「プロが選ぶ今すぐ上がる株100選」みたいなもの。

私の隣にいた二人の30~40歳台のサラリーマン氏は二人ともそんな本を見ていました。

私は心の中で「また、二人がカネを株式相場という墓場に捨てにいく…」と思っていました。

というのも、こんな安易なやり方で儲けられるなら誰だって儲けられますから。


以前、株投資セミナーに行ったことがありましたが、前半の株式相場をめぐる国際・国内環境の話のところでは参加者は聞いているのか、寝ているのか分からないくらい静かでしたが、最後の講師が推奨銘柄をいくつか挙げ始めたら、みんな筆記用具を出して必死にメモしまくり、会場はいきなり興奮の坩堝(るつぼ)と化してました(笑

あるところでこうした講師の人が書いていましたが、ある時、昼間にセミナーを開き、具体的な銘柄を挙げ始めたところ、もう皆さん、最後まで聞いてなくて、ケータイで発注したり、廊下に出て電話とか、大変な騒ぎになったそうです。

この時は、もしかしてこの参加者の人たちは儲けたかもしれません。
しかし偶然が続くことはないのだから、この人たちはたぶん今頃は株を止めているか、樹海に入っているかどちからかのような気がします。


これはもういうまでもないことだと思うのですが、株式投資でもっとも重要なことは投資法を確立するです。

投資法とは、恒常的にリターンを生み出す投資の方法ということです。

これには一般的なものはないでしょう。デイ・トレードとバリュー投資法とがまったく異なるように。

この投資法については罫線、酒田五法、移動平均線、サイコロ、トレンド、ボリンジャー、RSIなど古今東西、さまざまなものが考案されましたが、この方法をやれば確実にリターンが得られるというものはない(よう)です。

私が考えているのは、これらに一つ付け足そうということではなく、主にファンダメンタル、テクニカルという投資理論を体系づけることです。

そんなアカデミックなことに何の意味があるのか、問題は儲けられるかどうかだ、という意見もあるでしょうが、当然、そのために私も考えています。

まあ、要するにこれから、このブログに考えのプロセス的な意味で、投資法に関することを少しづつ書いていこうかなと思っているという、これがそのプロローグです。



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荒らし(?)氏への「異常な愛情」または私は如何にして心配するのを止めてしゃいにんぐ氏を愛するようになったか

■「あまい」私からしゃいにんぐ氏へ「異常な愛情」を捧ぐ

HPとかブログとかをやっていて最大のリスクというのは、迷惑を顧みることなく、いいたいことを書く人たちが訪れることです。

この人たちの特徴は、管理人等への悪口、罵詈雑言を吐く、自分の主張に偏執的に固執するなど、総じていえば、一般常識的な程度のコミュニケーション能力に欠けており、場の空気を乱すために「荒らし」とも呼ばれています。

では昨日、コメント欄に書き込んだ、しゃいにんぐ氏はどうなのか?


「君はあまいよ」に始まり、「わからないなら株はやめておけ」に終わるこの書き込みを荒らしと断定することは易しいけれど、日本語の基礎である句読点もまだ習っていない人に怒るのは大人げない態度だろうし、それよりも私はこの人の、何か切羽詰まったような物言いがなぜか気にかかり、あえていえば心惹かれるものさえ感じているようなのだ。

こうして排除と愛情の間で揺れつつ私は以下に、しゃいにんぐ氏へ「異常な愛情」に満ちた文章を綴ることになるだろう。


■事実の記述か背景の記述か?

まず彼は、①24日の急落は外国人からのヘッジ売りが大量に出たためである、②これは「大量株式 売り」に向かう最初の兆候なのだといっていることですが、この①については事実である以上、私には何の異論もありません。

ここで24日の急落についての株式・金融関係ニュースを要約してみよう。
(ア)朝から外資系証券経由(欧州などからといわれている)で日経平均先物6月物に大口の売り注文が出て、現物株の裁定解消売りが誘発され、それに引きづられるかたちで個人の投げ売りが続いた。

(イ)この要因として、まず筆頭に挙げられるのはa.円高、続いてb.原油高、最後にc.千葉補選での自民敗北。(もう一つつけ加えれば金利上昇)

こんなところだったと思います。

こうしてみれば、しゃいにんぐ氏の主張の①は(ア)そのものです。
これは事実である以上、私には何の異論のあるはずがありません。

こうしたことは株式・金融ニュースのどこにも書いてあるだろうし(とりわけ市場関係者たちは、こうした記述が得意ですから、その方たちのサイトに行けばもっと多くの情報が得られると思いますが)、またおそらく数千はあると思われる株式関連ブログに、こうした情報のコピーは溢れ返っているだろうと推測されます。

問題は、しゃいにんぐ氏が、こうしたニュースやブログに溢れている、ことさら珍しくもない情報を、さも意味ありげに取り上げ、それを知らないお前は無知と決めつけ、株をやめろとまでいってしまうところにあります。

ここから、読み取れることは、彼がもっとも重要と考えているのは、株の動きをめぐる、例えば歩合外務員などが好みそうな、いわば兜町的な言説らしいということです。

それに対して、このブログのせめて1週間分くらいでも読んでもらえれば分かるように、私の関心は株価の動きをめぐる「どのように」という直接的な記述よりも、「なぜ?」にあります。

つまり上の要約でいえば、②に関することです。

大量な売りが出れば株価が下がり、逆の買われれば株価は上げるということの周辺の情報よりも、(というより 売りが出たから下がるのであり、買いが出たから上げるというごく当たり前のことを、どうして彼がそれほど大事そうにいうのかが私には理解できないのだけれど…)私は、では、どうして投資家は売り、あるいは買ったのかというところに焦点を当てたいと思っています。

そうしたところから、私は円高を取り上げました。
もちろん、「円高」要因はすでにニュースや他ブログでも取り上げられているだろうから、私はそれがどれほど信憑性があるのかを検証するなら、それは自分のブログの存在価値につながるだろうと思って昨日の記事を書いたのでした。

以上のことは、しゃいにんぐ氏が、私のブログをざっとでも読んでから、コメントに向かえば理解できたと思うのですが、この簡単な手続きさえしなかったことが残念です。

■言語学基礎講座  デノテーションとコノテーション

この残念ということに関してもう一つの例を挙げれば、あなたは、私の「ここは、やっぱり『調整』ということにしておきましょうか(笑」という部分をとらえ、「君はあまいよ。調整だって?」と揶揄していますが、ここで思うのは文章というものは難しいなということです。

それにしてもしゃいにんぐ氏はデノテーション一本の人なんですね。そういうところが私に彼を憎めない人だと思わせてしまうのですが…。

しゃいにんぐ氏は、私がどうして「調整」とカッコをつけ、その後に「(笑」としたのかを読み取ろうとしたのだろうか?

私にもいわせくれ、「君は甘いよ。『調整だって?』」と。

句読点などものともしないあなたに、いうのも心苦しいけれど、言葉は表面に現れたものがすべてではなく、むしろ多重な重なり合いからできている、つまりコノテーションに満ちています。

事実、この「調整」という後は、24日の記事に対するGCさんのコメントの中の「調整」という言葉から始まっており、それに対する私の受け答えがあり、そして今回の記事への引用へと続く一連の文脈の中にあるのであり、それを読んでいただければ、そこでは「調整」という言葉は、本来の意味を外され、すでに嘲笑的な色彩を帯びているのであり、さらにその言葉をあえて私が使ったことにより、今度はそこに自嘲的な意味合いが加わったことは察していただけると思います。


もう一つ挙げましょう。

「君はあまいよ」の対象となっているかもしれない部分の、「まだ悲観的になる必要はないように思っています」の「まだ」についてです。

私は24日の急落それ自体については、そう書いていますが、これに先立つ記事の中では、何度も東京市場の危うさについて書いています。

今、思い出せる範囲でいえば、「魔の4~5月」やUSEN、インデックスの業績下方修正に関連して、それらが東京市場全体の問題となる可能性があると指摘しています。

しかし、こうしたアノマリーや市場システムの問題は即市場の暴落になるとはいえません。

こうした危険性を視野に入れながら、私としては日経平均は基本的に17000円から17500円のレンジの中にあり、それゆえに17000円割れはこうしたトレンドを崩すことにもなり得るので厳しいとも書いています。

私の「まだ悲観的になる必要はない…」の文中の「まだ」とはそうした意味でした。

■人生いろいろ、ヘッジファンドもいろいろ…(古!

次に(イ)に関してですが、無知な私にいくかつか教えてもらえませんか?
以下箇条書きで。

(1)あなたがいう「ヘッジファンド」とはどこの(ヨーロッパ、アメリカ、中東…)、どういうファンドですか? 知っている範囲で結構ですので。

(2)あなたがヘッジファンドに関する情報を得たその情報源はどこですか?

周知のようにヘッジファンドといってもいろいろあるし、その投資方法はまさにピンからキリまでありますからね。例えば短期投資主体のファンドが 売りに入るのと長期保有主体のファンドが 売りに入るのとは全然意味が違いますので、そうしたことを知りたいからです。
あなたが、大騒ぎする以上はそれくらいの情報は持っているはずだと思ったので質問してみました。よろしくお願いします。

■テクニカルはすべてに超越する?!

最後にあなたは私のような無知は株などやめた方がいい、といっています。

私が株に無知なのは、たぶんあなた以上に知っているから、本来ならあなたの心優しい言葉にここで感謝しなければならないだろうか。

ところで、今の株価をめぐる動きを私は最近、テクニカルで記述していることを、あなたはどう見ているのでしょう?

というよりも、しゃいにんぐ氏に聞きたいのは、あなたはテクニカル派ではないようですが、とすればテクニカルをどう見ているのですか?

といっても、もしあなたがテクニカル派でないならば、どこかで見たことがあるような、どうせつまらない理由しか返ってこないことが予想されるので、期待はしませんが、ここで私がいいたいのは、テクニカルは銘柄選択や売買のテクニックにとどまらず、株式投資のあらゆる領域に及んでいるのではないかということです。

だから、もし、私がしゃいにんぐ氏のいう「ヘッジファンドの大量売り」を知らないとしても、テクニカル派にとっては何の問題もないということなのですよ。

テクニカルにとっては株価という現象がすべてです。
業績、円高、金利、原油高、戦争等々はテクニカルはすべて無視します。
というよりそれらの要素は株価に織り込まれるとテクニカル派は考えるからです。

私はテクニカル派ではないけれど、最近の相場をテクニカルで記述しているのは、そうした事情からです。

そこでは、もしある重要なファンダメンタルを漏らしたとしても、テクニカルが次なる防波堤となってくれるからです。

もう一つつけ加えましょう。

それはリスク管理のことです。
リスク管理については複雑で種々様々なレベルと方法がありますが、その多くは極めてテクニカルなものです。
ロスカットを買値より何%下げたらとか、トレンドを割ったらとか、ポートフォリオ上の比率維持とか、あるいはPERやPBRがいくつ以上になったらというのも、意味としてはファンダメンタル的だとしても、数値管理としている点においてテクニカルそのものといっていいでしょう。

以上のテクニカルにおいて、リスク管理はそれなりに完結しているとすれば、しゃいにんぐ氏のいうヘッジファンドの大量 売りという「知」は相対的な意味しかもたないことは、もうあえていうまでもないことでしょう。

■『シャイニング』の男としゃいにんぐ氏との違いはどこにあるか?

後にしゃいにんぐ氏の書き方について。

いきなり初対面の人に向かって、自分の知識(それも株屋周辺的情報)にもとづいて、非難するところなどは、ネット的である点において現代的であるとしても、巨大掲示板からブログやSNSに移行しよういう時代においてはあまり現代的とはいえないのではないだろうか。

ところで、人の部屋に入れももらおうとするとき、人はどうするだろうか?

ノックし、「ドアを開けてもらえますか?」と聞くだろう。
つまり、いきなりドアを開けようとはしないで、まずは言葉の投げかけがあり、そこから言葉や物的・人的なコミュニケーションが成立するというのが世間での常識なのではないのか。

ところが、映画「シャイニング」の主人公は、女のいる部屋をノックもせず、斧で叩き割って押し入ろうとするのである。

世間では、こうした人を“狂人”と呼ぶようだが、しゃいにんぐ氏はどう思うのだろうか。

もちろん、このシーンはサイレント映画、とりわけグリフィスへのキューブリックのオマージュに満ちているだろうけれど、今はこのシーンを初めて訪れ、コメントしてくれた、しゃいにんぐさんにオマージュしたい気持ちで一杯です。
(といっても、あなた「しゃいにんぐ」というHNにも関わらず、たぶん『シャイニング』を観ていないだろうけれど。)


それにしても「こんにちわ」も「押忍!」も「Hey!」もなく、いきなり、

「君はあまいよ。」ですか…。


まあ、もちろん私は甘んじて受けますが。

【後記】
しゃいにんぐさんが私に「株やめろ」と忠告してくれたのは、言葉こそ厳しいけれど結局は無知な私への「異常な愛情」からであっただろう。

そして、しゃいにんぐさんからの鞭(むち)にも似た愛情に懸命に答えようとする私のけなげな態度もまたある意味で「異常な愛情」なのかもしれない。

とすれば二人は相思相愛?

最後に願うのは、しゃいにんぐさんが、できれば女性であること。

違う? 

おとこ?

やっぱり「異常な愛情」なのか…。


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「節目」という魔物

株には「節目」という言葉がある。
ある銘柄がある株価に達すると、そこからはなかなか抜けない、あるいは逆にそこに達すると下げ止まるといった株価があるとき、それらを指していうらしい。
だが、はたしてそんなものが実在するのか?

たとえば一度は下げていた株価がまた上昇し始め、前回の高値を抜こうとするとき、その株価が一つのネックとなることはトレーダーにはよく知られていることだ。

これには一応の理由らしきものがある。
前回の高値付近で買っていた人たちは、これまで含み益を抱えて売れずにいたのだが、前回高値に近づくにつれ、そこで売れば損はほとんどない状態になるので「やれやれ売り」がどっと市場に出てくるから、そこが一つのネックになりやすいというものだ。

そして、そこを抜ければ今度は含み益を抱えている人はいないのだからするすると上昇していくといわれている。

こうした「節目」はまあそれらしき理屈があるからまだよい。

問題は100円とか1000円といったキリの良い数字のところでそうした「節目」が現れるということだ。

はたして、こんな節目があるのだろうか。いや、あっていいのだろうか…。

店頭で売られている商品なら、財布から払う手間を考えれば1001円より1000円が望ましい。
また1000円という値札より988円という値札の方が安く感じるといったことはある。

しかし株を財布からカネを引っ張り出して買う人がいるわけではないし、また、たしかに「割安株」という言葉はあるとはいえ、それは決して1000円のものが988円だからといったものではないだろう。

抽象的な“値”だけを売買する株というものにそんな理由はないとすれば、「節目」というのはただの幻か、それとも真夏の夜の夢のようなものか?

ところがいろいろ見てみると、なぜか不思議で奇妙な光景が見えてくる…。


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