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株鳥風月

Author:株鳥風月
2003年より株式投資を始める。
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Aさんへの手紙ー暴落にどう対処するのか?

Aさん、初めまして。
先日、ネットをいろり見ているうちにあなたのブログにたどり着きました。

あなたは、先日の下げに対して売るきっかけをなくしてしまったので、売ることはあきらめ、塩漬け覚悟でホールドするというようなことを書いていました。

そんな記事を読んで、よけいなこととは思いますが、ついお手紙を書いてみようかなと思いました。


ライブドア・ショック以来、東京市場は荒れに荒れています。
一部市場では高値の16,769.37(2/7)から安値15,059.52(1/18)まで11.4%下げ、
ジャスダックでは134.35(1/30)から119.33(1/18)まで12.6%下げていますが、
マザーズにいたっては2800(1/16)から今日の1829まで34.6%もの大幅な下げとなっています。
指数で10%を超える下げなら個別銘柄ではその2倍、3倍の下げになったものもあるでしょう。

そんなとき、あなたはどう対処したのでしょうか?

ライブドア・ショックのとき、売らずに持っていた人もいたでしょう。
日経平均はその後、高値を更新したので、その人たちは「やぱっり売らずに持っていて良かった」と思ったかもしれません。

しかし、あなたが長期投資家なら話は別ですが、もし短期売買をしていて、そのような対処で難を逃れたのだとしたら、あなたは決して幸運だったのではなく、むしろ不運だったのかもしれません。

なぜなら、そうした“ラッキー”な経験をしたために、もしまた暴落がきても、その時のおいしい経験からきっとあなたは損切りをしないし、できなくなるだろうからです。



どんなに景気が良くても、どんなに企業の業績が好調でもかならず暴落はいつかやってきます。

人が儲かるものに殺到し、いつか過剰投資になるからですが、そうした人間の心理はたとえばこんなかたちをしています。

2000年当時、ITブームを背景に、1年近くほぼ一本調子で伸びていた株価がこれほど急落し、しかもその下落が2年近くも続くなどということを人々は予測できたでしょうか?

1990年に始まる暴落は10年も続きました。

あるいは1987年のブラック・マンデー。
そして1929年のウォール街の崩壊。(ここには暴落が始まった数日間の恐怖の日々をつづった記録がたくさん残されています。ぜひ一度は目を通しておくべきでしょう)

そのとき、「下げるものは、また上げる」と損切りをしないで済ませていた人たちは、2年間、際限なく下げていく株価に日々、恐怖し、悔やんだことと思います。

しかし問題は、投資家の恐怖や後悔といった経験にあるわけではありませn。

塩漬け投資家の問題は、儲けるために株式市場に参加したはずなのに、ここでいえば2003年からの大きな上昇相場に指をくわえてただ見ているほかなかったというところにあります。

儲けようとしているはずの人が、素人が見ても投資すべきだという時期に参加しないとすれば、これは倒錯というほかありません。

長期バリュー派なら今は買いかもしれません。
しかし短期売買の人は、始めに決めていた損切りラインを割った時点で、心を鬼にして即売りを実行すべきだと思います。

しかし、塩漬けを自分に合理化するために“にわか長期派”になろうとするのは止めた方がいいです。
一般的にいえば短期派が売買する銘柄(選択法)と長期バリュー派が売買する銘柄(選択法)とは違っているのだから。

何がよくないといって一番よくないことは無理を通そうとすること、こだわるということに尽きます。

自分の有り金すべてを投じてある株を買ったという人もいるでしょう。

自分はこの銘柄、この業種、一部市場、日本株に惚れているのだという人もいるでしょう。

この業績、この将来性、このブランドをもってすれば、この銘柄はこれだけの株価をつけるはずだと目論んでいる人もいるでしょう。

しかし、そうした態度こそは「無理」であり、「こだわり」というものでしょう。


もっともすぐれた投資家とは流れに抗う一本の杭(くい)であるようりも、どんな荒波にも沈むことのない一枚の木の葉のようなものではないでしょうか?

杭はたしかにりっぱな信念や理念やものに動じない重みというものを持っているかもしれません。

対する木の葉にはしっかりしたものはなく、気楽で軽薄そうにしか見えません。
けれど常に浮いていられるための条件、つまり、その身を常に水よりも少ない比重に保っていなければならないという規律を自分に課しているはずです。
それができない枯葉、病葉(わくらば)、腐ち葉は流れに飲み込まれる他ありません。

流れに浮かぶ一片の葉にさえ投資家は学ぶところが大きい、と思います。

時に波に飲まれることはあってもまた浮かび上がること、決して沈まないことを自らに課そうではありませんか。そうしてきっといつかは大海へ出られることを願うばかりです。


これは出すあてのない手紙だとしても、きっとどこかでAさんの目に触れるかもしれないことを願っています。
というより、この手紙はむしろ私自身への手紙であるかもしれません。

Aさん、いつかまた、ネット空間のどこかで会える日を待っています。
では、お元気で。
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コメント

いや、お恥ずかしい…

転載までしていただいて、ありがとうございます。

にしても、ただただ恥ずかしい文章で…。
どうも説教じみていて、自分でも嫌なんですが、自分への自戒と思って書きました。

どうもこんばんは。

素晴らしい記事ですね。
常日頃から私が言いたかったことを、
すべて言ってくれている気がします。

勝手ながら、私の本日の記事から、
こちらの記事を紹介させていただきました。
ありがとうございました。

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